絵画の世界

画家として有名な宮迫千鶴のプロフィール

ケイトモスがモデル

 

カラフルな色使いで有名な画家でもあり、またエッセイストでもあった宮迫千鶴さんは、1970年代の終わりから、80年代にかけて、団塊の世代の女性たちのオピニオンリーダーとして活躍した才媛でした。

 

しなやかな語り口で男女平等論を主張し、女性の立場に立った独自の文化論や家族論、社会評論などは、その当時、男性と肩を並べて働き始めた多くの女性たちの指針となりました。

 

宮迫千鶴さんは、1947年、広島県呉市に生まれました。広島県立女子大学文学部卒業し、後に、画家、評論家、エッセイストなどの道を歩くことになります。宮迫千鶴さんは、20代の頃から、独学で絵画制作を始めるようになります。1975年頃から美術、写真評論、女性論や家族論など女性の視点から文化論を展開し、1978年、海、オブジェ、反機能を刊行。以下、イエロー感覚、女性原理と写真、ママハハ物語、草と風の癒し、海と森の言葉など多数の本を出していらっしゃいます。

 

1988年、東京から伊豆高原に転居してきたことで、自然や暮らし、心、身体、霊性の不思議に注目するようになり、多くのエッセイを発表していらっしゃいます。

 

絵画は自然をテーマにした、視覚の喜びを歓喜する明るい色調の豊かな作品が多く、海外でも高く評価されています。現在でも、その画風は人気が高く、様々なアイテムに、プリントされて、多くの人の目に触れています。画文集の、緑の午後が、ドイツで開かれている、世界でもっとも美しい本展で銀賞を受賞し、一際人気が高まりました。宮迫千鶴さんは、1993年、第1回伊豆高原アートフェスティバルを企画開催し、なんと15回まで催を続けていらっしゃいます。

 

2005年4月、練馬区立美術館において、宮迫千鶴三人展を開催し、同年7月、国際芸術センター青森において二人展を開催しました。どちらも反響が良く、大勢の方が、足を運ばれました。
亡くなられた後も、多くの方が画文集やエッセイなどの作品を現在も見ていらっしゃいます。